メディアフェスタ’98

「ネットワークは市民活動の生命線〜情報ボランティアの役割〜」
記録

<1998年3月23日/仙台市 エルパークギャラリーホール/参加者約80名>

※記録作成/鈴木隆司氏(札幌市)
※当日通訳/佐久間洋子氏

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第1部・先進地、アメリカからの報告 
第2部・パネルトーク・仙台で今、必要なもの
第3部・Q&A

<発言者敬称略>


第1部・先進地、アメリカからの報告


左から岡部さん、ベンホリンさん、通訳・佐久間さん

●ベンホリン
「コンピュメンターが出来て10年になる。この業界では先輩格になった。長くやっていると資金提供を受けやすくなり、今年の予算は100万ドルになった。スタッフも17人になり、2000ドル、1人で始めた頃を振り返ると、はるけくもきつるものかなとはと思う。
いま、日本に来て、アメリカにはない可能性を感じている。技術が進んでいる日本では、助けてくれるメンターがたくさんいるようだ。一方で助けを必要としている人もたくさんいるのではないかと思う。じっさい、技術が進んでいるほどコンピュータを使えないと不利な状況に追い込んでしまう。今や科学技術は選択するものではなく、必要不可欠のものになっている。
日本は政府、企業、市民が何をすべきか、を再定義する時期に来ている。これは米国でも同じだ。市民社会の広がりが薄れているからだ。そうした中で、日本は問い掛けのプロセスが米国より進んでいる。個人として責任を取ろうとしているように見える。その意味でコンピュメンターのアイデアは日本の状況にぴったりあうものだ。きょうは、その可能性を探ってみたい。

コンピュメンターがなぜ始まったか。どうやってスタートさせたか。それは必要と機会が合体して始まった。米国には多くの民間非営利組織がある。それらの団体はコンピュータの知識を必要としていた。結びつき、連絡しあうために欠かせないものだ。しかし、コンピュータを通常流通している価格で買うのはたいへん、という組織も多かった。そこに「必要」があった。
「機会」とは、コンピュータに熱心な人は、知識を広めたい、という欲求が強いことだ。もともとのアイデアは、マンガで「ハッ」と電球が灯ったようなものだった。知りたい、知らせたい、という二つのニーズをつなげばいいと思った。
「全体は部分の集合より大なり」という言葉があるが、まさにそれだった。私たちは、クライアントとメンターというが、お互いの関係は、資源をうまく分かち合うと、社会をうまく発展させることができるというお手本だと思う。

活動内容を五つの段階ごとに説明する。まず、新聞やお知らせや口コミでメンターを「リクルート」する。次に、メンターを多くの質問で区分し、使うパソコンや働ける時間帯によってデータベース化する。メンターになるのは、コンピュータの魔術師である必要はない。何より大切なのは忍耐力。怒らないこと。その意味でここに来られている人すべてに資格がある。これらと同時に、クライアントを募集する。社会的に還元できることをしている、しかし、残念ながらコンピュータが使えない、そういうところを対象にする。ただというわけではなく、経費はもらうが、それも普通よりははるかに少ない。
次に、クライアントのニーズを詳しく調べる。聞いて分類して、メンターが短時間で仕事を終えられるようにする。最後に、メンターとクライアントを引き合わせる。さらに追跡調査も行い、うまくいかない場合はその理由をよく調べる。言ってみればお見合い結婚のようなものだ。うまくいったときは特に効果的だ。
こうした活動を発展させるポイントを考えてみたい。まず、典型的メンター像を説明する。適切な答えは思い浮かばない。独学の人も多い。そういう人達は専門家より力を発揮する。性別では男性のほうが多い。身体障害者でトップクラスの人もいる。メンターには年齢、性別に関係なく、二つの共通する気持ちがある。科学技術に対する信頼と役立ちたい、という気持ちだ。メンターになる大事な点は、役に立ちたい、地域社会のためになりたい、という心だ。だれでもすべてを知っているわけではない。ある程度質問に答えられればいい。むしろ、相手のいうことを聞いていくことが大切。リラックスしていくことが大事だ。

成功した話と怖い話を一つずつする。

メンターで五十代後半の人がいた。とても内気で、私たちは本当に大丈夫か、と思ったものだ。彼にはホームレス支援組織を紹介し、食糧の管理データベース作りを依頼した。彼は非常に親身だったし、支援組織のマネージャーも熱心だった。しばらくしたら、二人ともメキシコに旅行していると知った。どうしたことか、と思っていたら、二人は親友になり、コンピュータの組み立てを始め、それを学校に寄付する活動に取り組んでいた。七年後の今も、二人は仲良くやっている。

日本では自慢することはよくない、と言われる。しかし、私たちは、その点、大丈夫だ。簡単に謙虚になれる。それを実感させる怖い話をしよう。
一人の医師がいた。重度障害者のためのホームケアサービス事業を行っていた。私たちは一人の障害者にメンターを差し向けることになっていた。ところが、その医師から、メンターが来ない。クライアントはずっと待っていた、どうしたのか、と詰問する手紙をもらった。私たちは冷水を浴びせられた思いだった。
実は、この陰には複雑な事情があった。たまたまメンターの家族に事故があり、連絡が行き届かなかった。私たちの不手際ではあるが、そういうこともあった。

メンターをすることは簡単なことではない、相手を注意深く見なければいけない。しかし、不幸な結果よりいい結果のほうが多かった。私が日々心掛けているのはもっと意志疎通を密にしていこうということだ。それは時間がかかることだが、将来がっかりしたくないためには必要なことだ。

コンピュータ・メンターをするのは、屋根の雨漏りを直すようなわけにはいかない。メンターは、穴をふさいだ後、そのほか新しい可能性も教えてくれるとすると、教えられた方にはさらに別の穴が開いたような感じになる。普通の人にはコンピュータを習うのはストレスがたまること。一つ覚えると、もっと多くの穴があることがわかる。教えられているほうはただでさえ神経がピリピリしている。励ますことが大事だ。これが一番大事な点だ。

メンターには長期的な視点も大切だ。パーッと来て、パッとやって帰っていく、するとクライアントは取り残されてしまう。継続的な支援が必要だ。すべてが一回で解決するものではない。それだけに継続が大切だ。
コンピュメンターは成功しているが、メンターができること、できないことを早い段階で認識したのが大切だった。私たちは、NPOに行って技術力評価をする。これはスタッフがする。そして、問題解決のための道路地図のようなものを作る。その意味でスタッフはレベルが高い。AT&Tの社員で北京事務所を開いた人もいる。共通しているのは、地域に貢献したいという気持ちを強く持っていることだ。

資金面について話そう。組織を築き上げるのはバランスの問題だと思う。資金のことだけを考えたら前進できない。資金は業績があってはじめて入ってくるものだ。

新しいテクノロジーと適正技術について話す。日本には禅問答という言葉があるからわかると思うが、コンピュータに熱心な人はとかく最新鋭の機械が好き、ということがある。そういう人を、今回いっしょに来たジャーナリストの岡部一明さんは、「テクノスパーク」という。パチパチ弾けるような人、という意味だ。こういう人は「インターネットを使ったら、生活がすべて変わったよ」と言いたがる。ここで困ったことが起きる。クライアントは、こういうメンターとは違う意識を持っているということだ。彼らは最新の技術には神経質で、むしろコストが高いものならいらない、と思っている。ここまで話すと、文化的問題だとも思うが、お互いに社会的な同一言語を話していないこともある。

そこで「適正技術」という言葉が大切になってくる。相手の状況によってはCPUが速い機械や高速型のモデムでなくともいいかも知れない。人間は科学技術を短期的に評価するが長期的には評価しない、という言葉がある。メンタリングは短期的なものだ。目配りを生かした形で行えばうまくいく。

私のいまの主要な業務は資金集めだ。テコのような役目だと思う。小さな力で大きな効果をあげる。大きな力とは、コンピュータを知っている人達、小さい力とは、それを知り、動かそうとしている人達。日本には潜在力がある。前進するとき、私たちの経験を生かしてもらえればうれしい。ご静聴ありがとうございました」

●岡部一明
「ベンホリンさんとは五年ほど前から交流している。米国でも素晴らしい活動をしている。非営利活動の一つの到達点だと思う。背景は、NPOセクターという考えがあることだと思う。米国では市民が自分で何かを解決しようという活動が多い。たとえば、1800年のワシントンD.C.には137人しか連邦公務員がいなかった。一方、日本の江戸時代には30万人ぐらいの武士、官僚がいた。米国ははるかに少なかったわけだ。米国では政府ができるまえにコミュニティがあり、地域活動があったことが影響している。
コンピュメンターは学校活動には力を入れている。市民が公共のものとして積極的に関与している。パブリックという言葉がある。米国では、ザ・パブリック、というと、市民だが、日本では、オカミ、となる。ずいぶん違うところがある。

そういう中で、コンピュータやテクノロジーが市民活動にどう役立つか、という視点が日米では違う。米国では、エンパワーメント、力づけるものとして位置づけている。情報をグローバルに伝えていけるもの、と認識している。たとえば、コンピュメンターの活動としては、データベースの構築支援も多いのだが、米国では対象を広げた活動をしており、相手にアプローチしていくとき、データベースが役立っている。日本だと、仲間内で楽しくやっているレベルが多いが、米国はかなり広い層を対象にし、社会的に責任を持った活動が多く、重要な役割を果たしている。コンピュメンターは五年前には小さい活動だった。それが一億円規模になった。最近、十周年記念大会があって、行ってみて驚いた。国会議員や大企業の役員らが来て資金集めに協力している。素晴らしい成長を遂げているNPOだ」


<第2部・パネルトーク・仙台で今、必要なもの>


左から 紅邑晶子さん、岡部一明さん、加藤哲夫さん、佐藤和文さん、岩本正敏さん

●加藤哲夫(せんだい・みやぎNPOセンター代表理事)
「NPOセンターには160団体・個人が所属している。仙台・宮城県では三千いくつになろうか、私たちが調べたところでは千いくつかと思う。アンケート調査をしたところパソコン・ワープロを使っている所が12あった、団体でいうと三分の一。個人所有が23。意外と持っているなぁ、とは思う。使い途としては、ワープロが圧倒的に多い。電子メールやホームページもあった。持っていない個人11人に聞いたところ、導入を考えているのは9人。近い将来は全体に導入されるのではないか。また、インターネットを教えてくれるボランティアが欲しい、という人は19、いらない、という方は14いた。ニーズはそれなりにある。
市民活動として、どう使われるか、と考えると、まだまだ支援を必要としている人が多い状態。じっさい、小さいグループでもイベントの参加者を入力するのは大変で情報の管理・整理能力という点では手工業のような状態だ。コンピュータがもっと浸透していいと思う。
私自身のことでは、1988年頃、グループウェアとしてのコンピュータの可能性を感じ、DTPで雑誌を作った。テキストファイルでやりとりし、訂正もしやすくなった。91年にはエイズの催しでコミネット仙台で連絡網を作った、今後も利用の可能性に期待している」

●佐藤和文(シニアのための市民ネットワーク仙台・運営委員)
「市民組織が自分たちの情報を発信していくのはなかなか大変なことだ。(市民ネットのホームページの紹介)。活動をそのままホームページに載せている。それを世界中から見てもらう。このようにしてデータを入れることでNPOとしての体力をつけていきたい。国際フォーラムの報告書も載せた。アクロバットというソフトを使って、報告書そのものも出版したときと同じ状態で載せた。英文ページも作ることで、多くの方に読んでもらえるようにした。小さいNPOでもネットワークが広がっていく。NPOとしての情報発信と活動の記録として蓄積している。ぜひ、コンピュータの知識を持っている人に手伝ってほしいと思う。地域でのマンパワーの組織化が必要だと思う」

●岩本正敏(東北学院大学工学部助教授)
「仙台市内で行っている情報ボランティアについて話したい。私はメカトロで遊ぶ会の代表をしている。歴史を振り返ると、仙台で情報化に取り組んだのは1983年、中学校のクラブ活動だった。1985年、市内の中学校でコンビュータ利用教育の実践研究が始まった。これには実務学級(障害者学級)も対象となった。1992年、地域インターネット、Tia、TOPICが出来た。1994年、市内学校のインターネット利用教育が開始された。1996年、市内養護学校でのインターネット利用教育が開始された。同じ年、メカトロで遊ぶ会設立した。この会では、ものに触って遊び、もの作りの心を育てる、技術社会に役立てる、社会教育機関でロボット教室を開くことを目標とした。その教室は1997年、養護施設でも開始された。
いま、市民が多様化・専門化している。そうした中では、人口が多くなると、他の地域の専門家がネットワークしていく必要がある。その中から新しいグループができていくだろう。その段階で情報ボランティアは有効だろう。
ネットワークにも「綱引き」型といって、勝者と敗者を画然と分けるものと、「支援のネツトワーク」型といって共生型があるだろう。阪神大震災の教訓だが、ネットにたずさわる者は留学生の所在確認や人工透析の支援活動にすぐ対応した。そこでは共生ネットワークができていた。これは、これまでのメディアでは考えられないことだ。
ネットワークによる再組織化も課題になる。そこは開かれた組織であり、顔のわかる組織であることが大事で、バランスをどう設計するか、が大切だ。今後は触媒としての情報ボランティアを考える必要性がある」

●岡部
「米国に住み、あちらの事情を日本に伝える仕事をしているが、日本でも素晴らしい活動が出てきていると思う。こうした動きは今後必ず、日本全国でも出てくる。文化の違いを言うひとも多く、米国の経験は日本では役立たないという声もあるが、そうではない。どんな社会にも共通するものがある。たとえば、労働運動、女性解放運動、反原発運動も、「日本ではなじまない」と言われたが、結局は根付いた。NPO活動にしても、いまはそう言われるが、必ず日本でも根付いていくだろう」

●司会・紅邑晶子
「加藤さんからは情報の共有化とコンピュータ化の必要性を聞いた。佐藤さんからは、ホームページの実際を見せてもらった。岩本さんの話では、パソコンのボランティア的な活動を知った。専門家同士のつながりができると、世の中が変わると受け止めた」

●加藤
「個々の市民活動かサイバー化されていることは断片的に聞くことはあったが、あらめたて聞いてみて、なるほどと思った。実際に活動しているほうからももっとコンピュータに接近してもいいかな、と思った。事務所も持てないで活動しているところも多い。そういう団体も、ネット上に事務所を開けるのでは、と思った。ところで、インターネット環境になると、メールはたくさん来るのか」

●佐藤
「官公庁のトップからメールをもらうこともある、取材依頼もメールで来る。介護の相談も届く」

●加藤
「インターネット上に広がっているところに可能性がある。市民団体の知恵、問題解決能力を集めるところに可能性を感じる」

●紅邑
「つながっていくところに魅力を感じた」

●岩本
「まさにそうだ。人との出会いから新しいものが生まれる。成功例が次の成功を生む。専門家を教育し、同じ気持ちを持つ人を集める必要性がある。情報ネットワークは生命線、ということでいえば、私たちは打ち合せもネットワークですべて行っている。だからこそ、たまに会う「オフライン・ミーティング」も濃密なものになる。こうしたものを市民活動にたずさわる人が身につけてくれれば大きな力になる。一方で、メールだけで知り合った人が友達になる、というう新聞記事もあるが、実際に会ってみることが大事だ」

●紅邑
「市民運動では、いつも同じ顔ぶれになってしまい、煮詰まるということもあるのではないか」

●岩本
「顔を突き合わせるのではなく、電子メールを使えば、議事録が自動的にできるし異なった意見も明確に言える。立場を理解した上で付き合っていくことができる」

●紅邑
「佐藤さん、ホームページという共通の場を作って、資源が蓄積されているように見える。どう活用しているのか」

●佐藤
「理想と現実にはギャップがある。実際、コンピュータを使える層は多くない。先輩はマンツーマンでコンピュータを教えている。とてもつらいことなのだが、NPO的人材をいかに育てていくか、を考えると社会的資源づくりとしてみんなで構築していかなければいけない。力にあわせたことをすべきだ」

●紅邑
「岡部さん、コンピュメンターの養成はどのように行われているのか」

●岡部
「生身の人間の交流を大事にしていると思う。確かに米国では全体にネットですべてやる、という傾向がある。それ以前から電話ですべてすます、という傾向もあった。インターネット時代になって電子メールが多くなった。取材でも直接会うより、メールでいいじゃないか、という人がいる。でも、生身の人間に会わないと、いい記事は書けない。
コンピュメンターが伸びたのは、ベンホリンさんの人柄によるところが大きい。人に好かれるタイプで、誠実な人だ。スタッフ、財団メンバー、スポンサーに対しても同じだ。十周年記念大会でも多くの人が来て、盛大だったが、むしろ彼自身は質素に、と言う人。日本に来るのなら手伝いたい、と思わせる人だ。人間的なふれあいだ重要だといって、インターネットが駄目だ、とは言いたくない。活字文化は素晴らしいが、我々は限界も知っていると思う。インターネットは出てきたばかり、私たちはまだ慣れていない。評価する声、非難する人があり、ほんとうのところは、その真ん中あたりにある。活字文化の教訓を生かして今後を考えていきたい」

●紅邑
「会場と札幌からの質問が来ている。米国の一般市民がパソコンを勉強する場はあるのか。また、4000人のボランティアに対する事務所の対応はどのようになっているのか」

●ベンホリン
「コンピュータに対する受け止め方は個人によってかなり違う。年齢による差もある。若い人は使いこなしているが、四十代以上は嫌がる人もいる。いろいろな企業ても使っているが、トップクラスは使わず、ミドルが使っている。しかし、使うことはますます当然のことになっていくだろう」

●紅邑
「NPOはどれぐらい使っているか」

●ベンホリン
「一般市民よりもはるかに多い。使わなくては、NPO同士の競争に勝てない。しかし、一方で市民には選択権がある」

●紅邑
「日本はまだまだそこまで行かないが、競争に勝っていくためにも必要になるものだと思う。最後に感想をうかがいたい」

●岡部
「4000人のスタッフをどうマネージしているか、という質問だが、各時点で活動しているメンターは数百人だと思う。それにしても多い。でも、この点は重要なことだ。それだけ多数の人を動かす組織があるということが大切だ。そこに中心になる職員がきっちりいる。彼らは、それでメシを食っている。フルタイムで働き、有効に配置されている。核になる組織をどう作るか、これから日本でもできればいいと思う」

●加藤
「適正技術、という話をされた。市民活動では少しぐらい機械が古くともいいのだ。もっとたくさんの企業からパソコンが提供されるようなことがあればいい。日本では市民活動は「周辺」のものと思われている。しかし、人々のために役立ちたい、と思う人はたくさんいる。現場の人と手をつないでいきたい。NPOサポートセンターにいて、団体の相談を受けているが、屋根の穴直しではない、という話は面白かった。レベルが上がると、穴が見えてくる。コンピュータ技術だけの話ではない。あれもこれもやらなければ、と思ってしまう。そういう矛盾もあることを自覚していかなければいけない。参考になった

●佐藤
「私たちはいま、高齢化問題に向き合っている。加齢ということからは幅広い事柄だ。今後、多くの人が参加できるような場を作りたい。特に、定年退職者の問題は難しいものになっている。カギになるのは、運転免許であり、コンピューター知識だと思う。また、学生さんの操作技術はすごい。地域社会にリンクさせていくことがコンピュメンタではないか」

●岩本
「我々が手にした科学技術はなくなることはなく、ますます浸透していくだろう。新しい技術は危険だという声もあるが、長い目で見たらきっと使うだろう。コンピュータには、競争力を高める、または長いスパンで考える、という二つの視点がある。ここでは、私は長い目で考えたい。教育は木を育てるのに似ている。そこで何を頼りにしていくのか、というのは、地域の教育力だと思う。それが自己発展力になる。何が正しいか、を身につけさせる。それにはNPOが有効に機能すると思う。長い活動ができるよう頑張ってほしい」

●ベンホリン
「加藤さんがアンケート結果を紹介し、導入希望が少数であることを示していたが、私たちは自分のことを、コンピュデンティスト、ということもある。歯医者に行か
なくてはいけない、と思っていても、なかなか行かない。よくわかる。人間的な忍耐力を考えなくてはいけない。
岩本さんの、長期的視点を、という意見にも全面的に賛同する。大事なことだ。米国では、コンピュータを愛し過ぎている人がいるが、そういう人から学校によろしくないプログラムを持ち込むこともある。一方で私たちは先生方にとって必要とされるものをもっていきたい。コンピュータを通じて社会のために何をしなければいけないか、が大事だ。コンピュータそのものが目的ではないのだ。
米国と日本でアプローチの仕方が違っていい。日本での強みが米国とは違う。始めるとき、社会は何を、どれぐらい必要としているか、コンピュータがどれぐらい、それらを達成するかを検証すべきだ」


<Q&A>



●紅邑
「札幌と仙台の会場のみなさんから次のような質問事項が出されている。
 ボランティアの技術力はどれぐらい必要なのか。
 活動資金の供給者はだれなのか。
 パソコンのメーカーへのフィードバックはしているのか。
 ボランティアの待遇は。
 本来の仕事との調整はどうしているのか」

●ベンホリン
「技術力の判定には、WWWでの質問票を使う。これは答えきるのに30分ぐらいかかるもので真面目に書かなければ耐えられないものだ。それをデータベース化している。二年ほど前からWWW化し、その前はファクスだったり、郵送してもらった。でも、WWWでやるほうがデータベース化できるし、簡単だ。もちん紙でもいいのだが。
資金面のことだが、この話になると、私はニヤニヤ顔になってしまう。これにはいろいろな戦略がある。資金源で多いのは、企業ではなく、政府機関でもなく、個人でもない。主に私的財団から来ている。なんで、ビル・ゲイツに頼まないのか、と言われる。私企業はテクノ・オタクか好きで、新しい技術のほうが好きだ。でも、そういう大企業もサポートしてくれるようになってきている。理解が進んできた。マイクロソフトやロータスもこのごろは援助してくれるようになった。相変わらず、政府からの助成は期待していない。私たちにふさわしくないと信じているからだ。
メーカーへのフィードバック、とのことだが、私たちから製造者に与える影響はない。一般の利用者と同じで全く影響を与えていない。
(岡部補足「コンピュメンターの場合は、ごく普通の利用者を対象にしており、特殊な市場を相手にしているわけではないから、メーカーには特に影響を与えないと思う」)ボランティアの本来業務との関係だが、ボランティアは一週あたり3−5時間程度しか活動をしていない。それを組織するために、私たちは相当の投資をして優秀なスタッフを準備している。彼らは事前にかなり準備して、メンターを支援している。日本ではとても熱心なボランティアが多く、自分の仕事もしているという。気軽にボランティア活動ができるようにスタッフが心血を注いでいる」

●紅邑
「会場からも質問や意見を聞いてみたい」

●会場から
「メンターが支援に行くとき、単独で行くのか。安全面はどうなのか」

●岡部
「確かに危ない地域に行くこともある。夜間に行くこともある。そういう危険は存在するが・・・」

●ベンホリン
「メンターには選択権があるから、自分で危ないと思ったら行かないことはできる。ただ、日本では我々の国の犯罪率の高さが異常に喧伝されている」

●会場から
「伊藤といいます。生涯学習のネットワークづくりをしている。市民に対してインターネットでアプローチしていく上での問題点は何か」

●佐藤
「日本では、まだ、インターネットのユーザー数が圧倒的に少ない。仙台周辺でもどれぐらいあるのか悩みの種だ。NPOとして必要な情報を発信していくとき、いま現在、インターネットだけで完結するプランは組まないほうがいい。できれば相手のところに出かけていくほうがいい。理想は、インターネットでできればいいのだが」

●岩本
「ポームページは、読まれているところは読まれている。年間6万件から8万件読まれるところもある。しかし、活動を他の媒体で伝えることも大切だ。さらに、活動そのものに共感を持ってもらうことがもっと大切だ。生涯学習、という場合、伝える相手によるのではないか。一斉同時にメールが届く仕組みもいいだろう。いろいろな例を参考にされるといい」

●加藤
「HIVウイルスやエイズ相談では、電話相談をしているが、インターネットで電話番号を知った、という人もいる。幅広く伝える、という上では、インターネットは安いコストでできる。また、ホームページをつくるにあたって、それを機に自分の活動を整えていくメリットもある」

●紅邑
「四時間余り話してきた。話が白熱して5分ほどオーバーしたがパネリストには積極的に話してもらった。会場とのコミュニケーションをあまりとれず申し訳なかった。でも、パソコンができて間もないのに、これだけ多様な使い方がでてきた。きょうは技術を持った人と市民活動の出会いの場になった。米国での事例も参考になった。今日の話を仙台の市民活動のパワーにしてほしい」
(拍手)


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